生きること、暮らすこと/あきた森の保健室 小野まゆみ

秋田県由利本荘市中田代の伊藤医院に併設されている「あきた森の保健室」。ここは患者さんだけでなく、地域の人や困りごとを抱えた人が誰でも気軽に訪れることができる「居場所」。コロナ禍になる前は、おしゃべりをしながら手を動かすキルト教室などを開催していました。

由利本荘市中田代にある伊藤医院

 

出迎えてくれたのは「小野まゆみ」さん。伊藤医院の院長・伊藤伸一医師が町のプラットホームにと考えて作った「あきた森の保健室」を任されています。

もともと総合病院に勤務し、看護師生活の最後は新設された退院調整部門を任され、自宅治療の患者さんや、在宅療養を支える家族のケアを担当。が、病院という特殊な時間の中で個人個人の大事なことを話し合うということの難しさを痛感した小野さん。

 

※あきた森の保健室の小野まゆみさん

 

「その方が本当に望んでいることに辿り着けなかったり、本人が置き去りになっているようなことが結構ありまして、医療はもちろん大事なんですけど、そのあとの暮らしも大事に考えなきゃって強く思ったんです。なぜかというと、たぶん私自身がずっと医療の現場で働いていて、たとえば子どもたちに我慢をさせていたりとか、自分の暮らし、子どもたちの暮らしってことを、むしろないがしろにしていた部分があったんじゃないかと感じたからだと思います。暮らしが生きることと、とても重なるんじゃないかなって思えて」

 

訪れた転機

その想いが募り、長年勤めた病院を定年を待たずに辞めた小野さん。自分こそどう暮らし、どう生きていたいのか、心に問いかけました。

 

「職場を辞めて暮らしを楽しみました。それから植物や樹木と会話をするような暮らしをしてみました。無心で集中して草むしりをしました。雑草って言われているけれども、この草にこんな小さな可愛い花が咲くんだとか、そういうことを見ながら植物と過ごしていると、すごく自分が鎮まって、穏やかになって」

 

 

小野さんの心に、気づきが生まれました。

「あけびの蔓を解いていたときに、絡まれていた木々の枝がふわっと開いたんですね。それが深呼吸をしているように見えて、そのときに、ああ私はこういうことがしたかったんだと、深く思ったんです。木にとってもそうだし、人にとってもそういうことがしたいんだなあって」

 

 

気づきのあと、めぐり合ったもの

ちょうどその頃、伊藤医師から小野さんに「ここで一緒に暮らしの保健室のような場所を作りたいので一緒にやってもらえませんか?」という声掛けがありました。さらに伊藤医師は、これからの秋田にますます必要になっていく、寄り添い支える医療を目指し「ナラティブブック秋田」という取り組みを生み出しました。小野さんは「あきた森の保健室」だけでなく、そちらも手伝うようになりました。

「ナラティブブックというICTツールを使う時のお手伝いなんですが、お年を召した方のなかには、インターネットに抵抗がある方が多くいらっしゃいます。同じように私も、わかりにくいなあと思いながら使えるようになったので、年配の方から気軽に質問いただけてる気がします」

 

※ナラティブブック秋田は患者さんの想いや暮らしの様子が、見守る方々に一度で伝わるICTツールです。患者さんやご家族からすると医療機関の情報を取りまとめて、遠方の家族や親せき一人一人に伝えることは、疲弊時には大変な作業。写真、文章、動画で患者さんらしさを記録できます。また医療介護側も患者さんに寄り添った診察ができコミュニケーションが高まり、多職種連携がスムーズで、チーム力が発揮できる良さがあります。

 

 

「ナラティブブックは、自分の大切なこと…カルテなどには上がらない…自分は死ぬ前にこうしたいんだっていうようなことを書いておける。自分が伝えたい人に伝えたいこを伝えられる。一人一人に言わなくても、一度書くと皆に見ていただける、お医者さん、看護師さんに聞きたいと思うことを、忙しそうだから聞けないと思ったことを、いつか見てもらえたら…と書き留めておくことができます」

 

小野さんにとっての「ナラティブ」

「ちょっと思うのは…自分がほんとうはどうしたいのか、気づいていらっしゃらない方が結構いると私は思っていて…。会話では言葉にしづらいけれども、自分の想いをちょっと言葉にして書いてみるとか、それならやりやすいし、書くと整理できると思うんです。私自身の経験として、困りごとや考えごと、整理できないものが溜まると、人は自分が持っているものを発揮できなくなるんだと思うんです。

 

ゆっくりお話を聞いていると、感じるときがあります。いま何か我慢されているなとか、エネルギーが変わったなとか。そういうとき割と率直に聞きます。いま何か仰りたいことありませんでしたか?私はそう感じたんですけど…みたいなことを言います。そうするとお話くださるとか。

 

※現在、サロン業務も少しずつ復活している「あきた森の保健室」

 

このお部屋の作りがもともと、中に入った人がもうそれだけで自分が大切にされているって感じられるように建てられているので、そこに加えてホッと安らいでいただけるようなしつらえも意識しています。肩の荷を降ろしていただけるような、そんな場所を作りたいなって思っています」

 

※小野さんが活けた小さな野の花と小野さんの笑顔が、わたしたちを包み込むように受け入れてくれます。